今年の今日の今時、再歸らず

古語に、光陰矢のごとく、時節流るるが如し。又日(いわく)、光陰惜(おし)むべし、是を流水に讐(むく)ふと云へり。月日のはやき事、年々にまさる。一度行きて歸らざる事、流水の如し。今年の今日の今時、再歸らず。なす事なくて、等閑(なおざり)に日々を送るは、身をいたづらになすなり。惜しむべし。・・・・・少年の時は、記性強くして、中年以後数日に覚ゆる事を、唯一日半日にも覚えて、身を終わるまで忘れず。一生の宝となる。年老いて後悔なからんことを思ひ、小兒(しょうに)の時、時日を惜みて、いさみ勤むべし。かようにせば、後悔なかるべし。

古い言葉に「光陰矢のごとし」、「光陰惜むべし」という。年を追う度に、月日の流れは速くなる。今日という日は二度と戻らない。日々を無駄に過ごすべきではない。若い頃は記憶力が強く、年配者が数日で覚えることを一日半日で覚え、それを一生忘れることはない。年老いて後悔したくないのならば、時を惜しんで今すぐに励むべきである。

和俗童子訓-読書法ー/貝原益軒


光陰矢のごとし・・・『禅門諸祖師偈頌(ぜんもんしょそしげじゅ)』という書物にある言葉のようです。
光陰惜むべし・・・顔之推(がんしすい)の『顔氏家訓』に記される言葉になります。顔之推は南北朝時代の学者。