酒は衰微、花は半開。

「万(よろず)の事十分に満て、其(その)上にくは(加)へがたきは、うれいの本なり。古人の曰く、酒は微酔にのみ、花は半開に見る。」
(全ての事において、十分に満ち足りて、その上に加えることができない様な状況は憂いの元である。古人も言っている「酒は微酔に飲み、花は半開に見るのがちょうどよい」と)
これは養生訓の巻第二に書かれている言葉です。

古人とは「菜根譚」を書いた洪応明のことになります。
「菜根譚」は中国古典の中では比較的新しく明の時代に書かれ、中国より日本で人気がある書物のようです。洪応明自身が生きた時代は日本の戦国時代末にあたり、益軒の生まれる10年前に没していますので益軒からすればそう遠い時代の人ではないようです。

 

 

「菜根譚」の有名な言葉に次の様なものがあります。


「蝸牛(かぎゅう)の角上、雌を較べ雄を論ず。」
(かたつむりの角の上のような小さな場所で、何を張り合う事があるのか)
元々は戦国時代の荘子の言葉で、唐代の白楽天も蝸角の事を詠っています。


「径路の窄(せま)き処は一歩を留めて人の行くに与えよ」
(狭い通り道では、一歩留まって対面の人を先に通しなさい)


「伏すこと久しき者は飛ぶこと必ず高し」
(下積み時代の長い者は、必ず大成するものだ)


人の悪を攻むるには太だ厳なることなかれ
(人の悪いところ注意する時は、厳しい言動で責めてはいけない)


己の長を以って、人の短を形(あらわ)すことなかれ
(自分の長所をひけらかし、人の短所を馬鹿にするようなことをしてはいけない)


このように処世に役立つ事が数多く書かれています。内容も理解し易く、私自身、一番共感できる中国古典で「径路の窄きところは・・・」はこの言葉に接して以来、ずっと心がけています。これが処世に役立ったかはわかりませんが、肩に力を入れる必要もなくなったという面はあるのかもしれません。