人生はもとよりこれ一傀儡なり

人生は原(もと)よりこれ一傀儡(かいらい)なり、ただ根蒂(こんてい)の手に在るを要すれば、一線乱れず、巻舒(けんじょ)自由、行止我に在り。一毫(ごう)も他人の提掇(ていてつ)受けざれば、便(すなわ)ちこの場中を超出せん。
人の人生とは元々ひとつの操り人形のようなものである。ただ手板をしっかり握っていれば、操る糸は乱れることなく伸縮自在であり、人形は行くも止まるも思いのままである。その糸をわずかでも他人から操られるようなことがなければ、人形は劇中から飛び出すことも可能なのだ。

菜根譚/洪自誠

 
最近、YouTube の面白い動画や賛同できる動画にハマっているのですが、好みの動画ばかりを繰り返し視聴すると、なんか自身の嗜好や思考が一方向に進んでしまうのかもしれないと不安を感じることがあります。YouTube 自体はすごくて有効なコンテンツに違いはないのですが・・・
 


傀儡・・・操り人形
根蒂・・・草木の根と実のヘタ。基礎となる部分。ここでは手板(人形のコントローラ)のこと
巻舒・・・糸を巻いたり延ばしたりすること
提掇・・・操ること。転じてそそのかしや煽りの行為
場中・・・劇中、操り人形の舞台のこと。転じて世俗