芥舟の海舟評

古今の英傑は、時には策略を用います。最近で言えば、運動とかいう事で、極めて秘密に策を巡らし、あるいは利をもって誘い、反対の人を味方に引き入れるような小細工をする事がございます。この様な小細工は一時的に成功しても、後で必ず怨みを受けるものです。
 
と小手先の策略は長い目で見れば、好ましい事ではないと木村芥舟(きむらかいしゅう)は前置きして
 
ところが先生(海舟の事)は小細工が大嫌いで、一生そんな策略などということをした事がない。それでこそ、幕末から維新にかけ、千苦万苦して、危難の場を凌ぎ通して、生命をも全うして、終に大功をたてられたのは、公明正大な一天張りとして、小細工をされなかったゆえだと思われます。
 
これは芥舟が旧幕府史談会で語った海舟の逸事の概要になります。


咸臨丸による渡米の際は、木村が勝の上役でしたが、勝の我儘、癇癪には相当頭を悩ませたようです。木村自身は遣米使節団に従ってワシントンまで行きたかったようですが、艦長の勝がそんな具合だったので、任せて行く訳にいかず、ワシントン行きは諦め、サンフランシスコから日本に引き返すことになりました。(岩波文庫『新訂海舟座談』より)