武蔵、有馬喜兵衛を破る

兵術を悟り、勇功を身に着け、歳13で播州にて新当流の有馬喜兵衛と雌雄を決し勝利を得る。
 
『小倉碑文』には、宮本武蔵の最初の決闘がこの様に刻まれています。
そして
 
16歳春に但馬に到り大兵術家の秋山という者と戦い反撃で勝負を決しこれを打ち殺す。街には彼の評判が広がった。
 
これは「関ヶ原の戦い」の頃の事と考えられ、時代背景があったとはいえ、武蔵は非情の兵法の世界へここで足を踏み入れています。